2014年5月12日月曜日

ありがとう、が何番目かに多いある日のこと


母の日、
戦だったな、とおもう
それも初夏の陽気だったしね

お金をぎゅうっと握りしめて、ひとりでやって来たちいちゃいおとこのこがいたり、
俺のおかんめちゃうざいねん、とか言いながらもいろいろ買う言い訳を作って、カーネーション一本、照れながら持ち帰ったヤンキーなおとこのこがいたり、
ピザ屋の宅配バイトしてるんっす、いま休憩中なんっす、と休憩時間のほとんどを使ってお花を選ぶおとこのこがいたり、
僕の嫁さんすてきなんですよ、とベビーカーを押しながら奥さん自慢を聞かされたりもしたな

たくさんありがとうを言ったり言われたりした

ちいちゃいおとこのこが、お小遣いがんばって貯めたんだろうな、て感じでくるのに毎回涙がちょちょぎれながら、おかあさんきっと喜ぶで、と言ったらにっこり嬉しそうだったりした

いちばん安い一本巻きのカーネーションが300円に消費税で324円で、けど290円しか持ってなくて泣きそうになった子がいたりもしたけど、こっちのラッピングしてないカーネーションなら250円に消費税で270円だからこっちにしよっか、と言って、どうにかそれをかわいく包んであげたときの嬉しそうな顔なんて最高だったな
(消費税なんてなくなればいいと本気でおもった)

ヤンキーなおとこのこは、なんて言っておかあさんに渡したんだろな
そうっとわかる場所にでも置いといたりしたのかな

ピザ屋さんの男の子は、枯れると悲しい、と言い、じゃあ育てるやつにしましょうか、と鉢に入ったバラを選んで、おかん枯らしてまうんちゃうかな、と笑って言ってたけど、おかあさんはすうごく大切に育てるだろうおもう

みんな、誰かを思いやってるんだなって当たり前のことに気付かされる日だった
そんな当たり前のことにすら、気付けていなかったんだということ

仕事が終わって花屋を出る
いつもの踏切、タバコ屋の道、小さい橋、神社のある通りを抜ける
ケーキ屋さんへ行くために、いつもの帰り道とは違う角を曲がる
プレゼントだろうな、とおもう紙袋を持ったひととたくさんすれ違う
やっぱりみんなちょっと誇らしげだ

身近なひとに感謝のきもちを伝えるのはむつかしい
こんな日にしか言えないなとおもう

ケーキ屋さんを出て家に帰る道を走る
おかあさん、いつもありがとう、と言うために
自転車のカゴにはいったケーキを、できるだけ揺らさないようにでこぼこの道をゆっくり、だけど浮かれ気分で走る


















2014年4月21日月曜日

じょうずに生きてゆけなくても

Acru galleryでのシャシンとコトバ展、本日最終日でした


冷静になったいま見返しても、やっぱり涙がでそうになる
こわかった、世界が終わっちゃうんじゃないか、ってくらいに
それはよくありがちな、失敗する、ということへの恐怖です

素敵なものの中へ飛び込んでいくことは、幸せなことでもあるけれど、そこに埋れてしまうのはとてもかなしい

そんなことをずっとおもっていました
じぶんが、なにもできない、ということに気付いていたからです

写真を撮ることが感情につながるなんてことを、少し前までの私は知らなかった

撮るという無意識という中に、当たり前のようにじぶんを存在させていたからだといまなら少しわかります
感情を、無意識に撮る、という行為で消化していたのだとおもいます

いままでじょうずに生きてこれてたような気がしてたけど、それは違うってこと

cameraroll展に続いてのシャシンとコトバ展、3週間ものあいだ、ずっと憧れていたAcruの大好きな空間で展示に参加させていただいたこと、ほんとうにうれしくおもいます

なにもわからない私を丁寧にサポートしてくださったギャラリースタッフの方にはほんとうにほんとうに感謝しかありません
お越しいただいた方も感想をくださった方も、ほんとうに心から感謝致します

がんばっていかなくちゃ、とおもいます

泣いて不安になることがあったとしても、
もう失敗を恐れるようなことはしなくていいということ

撮りたいときは撮ればいいし、撮れないときがあってもいいし
泣きたいときは泣けばいい

写真を撮り続けて行く中で、いつか答えに似たものを見つけられますように

たとえじょうずに生きてゆけなくても


2014年4月7日月曜日

シャシンとコトバ



本日よりAcru galleryでのシャシンとコトバ展に参加しております
掴めないもの、をじぶんの中のテーマとして、すべてを受け入れる、という作業をしてみようとおもいました

そして、cameraroll 2014はきのうが最終日でした


なかなか進めなかったわたしの背中を誰よりも強く押してくれた奈々美さんに心より感謝致します。そして、Acru galleryのスタッフさん、お越しいただいた方にも感謝の気持ちでいっぱいです

いまは恐怖心しかありません
こわい、としか口にしてません、が
その気持ちを大事に、たくさんのことに挑戦していこうとおもいます

知識も経験もない、なにもわからないいまのじぶんすらプラスにしていく、受け入れていく、と決意しました

ひやひやと感想お待ちしております

がんばります、とここで宣言します

2014年4月3日木曜日

彼女がくれた写真


しばらく彼女を見かけない日々だった

何度かメールをしようか、電話をしようか、そんなことをおもったことがあったけれど、それはどこか違うと考えてはちょっとさみしくなりながら辞めていた

ひとつ年上の彼女は、back numberとクリープハイプが大好きで、彼女がアメリカで暮らしていた頃、電話越しで何度も聴いたことがあった


彼女がいない間、こっそり思い出しては何度も聴いていた

私は日常が過ぎていくのをただぼんやりと眺めているようなねこみたいな生活をしていた
正解とかそうじゃないとか、意味とか無意味とか、言葉とか涙とか、無駄に考えてはだんだんとじぶんがだめになっていくのを感じていた

私にはたくさんのできごとがあったし、彼女にもきっとたくさんのできごとがあったのだとおもう

その間、何度か彼女を思い出すことがあって、けれど連絡はせずに過ごしていた

そんなある日、彼女が帰ってきた
卒業の報告とともに、とつぜん
彼女らしい帰ってきかたにすこし笑った

私はおめでとう、と喜び、彼女もまたありがとう、と喜んだ

しばらくして彼女が東京へ引っ越すと連絡をくれたのは、春をほんの少し感じるまだ寒い冬のことだった
彼女から送られてくる言葉は、どれもすこし堅い気した
たぶんドキドキしてるんだろうなあとおもった

その日から何日か経った一昨日の夜、私と彼女はひさしぶりの電話をした

しばらく話していなかった間にあったできごとを隅々まで並べて、順番に話した
懐かしい人の話や、懐かしいできごと、これからのこと、たくさん話した

彼女がいなかったのは、たったの9ヶ月くらいのもので、数字にしてみれば全然大したことはないのだけれど、懐かしい気がしてならなかった

こんな日が来ることを、お互いこれっぽっちも想像してなかったからだとおもう
彼女が東京で一人暮らしを始める日が来るなんてことを、私はこれっぽっちも想像していなかった
あの日のまま、あの時のまま、ずっとこのままの日常が続くんだと信じて疑わなかった

変わったことがたくさんあった
気付いたこともたくさんあった
けれどそんなことにすら笑えて、それからやっぱり私と彼女は夜更かしがすきで、電話で話す内容だけは変わらずくだらないことで、そんなことにすら感動しながら、またねと電話を切った

彼女と出会えたことは、私にとってほんとうにラッキーなできごとだったとおもうし、ちゃんと大人になっていくんだなあとおもった
だめになってもすべてが無意味だとおもえても、ちゃんと前を向いて進んでいけば、もうすこしだけがんばれるかもしれないとおもった

彼女に春の歌を贈った
彼女は、危うく泣きそうになったと言っていたけれど、私もその歌を再生しながら実は泣いていた

どうかどうか、彼女がハッピーでいられますようにと願いながら
それから、出会ってくれてほんとうにありがとう、と声に出しながら


2014年3月31日月曜日

cameraroll 2014


すっかり春気分になっています
ざあざあ降りな日曜日だったし、もう本格的に春に突入するのか、とすこしさみしい気もしています
季節が変わるのがあまり好きでないというか得意ではないというか、冬の始まりに引き返したくなるような感じでいます

けれど春ソングなんてものを聴きながら、目的を持っても持たなくても、お散歩するのもいいかもなあなんて

春のお散歩にぴったりな告知です
3/31(月)〜4/6(日)まで南船場にありますAcru galleryさんにてcameraroll 2014に参加させていただいております
なんにもわからないので、ゆるくたのしくがんばりました

重いコートも、暑苦しいマフラーも手袋も、もういらないだろうから、身軽に気軽にお越しいただけたらとおもいます




2014年3月21日金曜日

レモン

レモン、て響きがとてもすきで、言うならば、ドレミ、と似たような心地よさがあるようにおもう

修行をはじめたばかりの夕焼けっぽい見た目も美しいし、切り口の断面も好きなひとの横顔みたいに感動するものがあるし、なんせファーストキスの味だというのだから魅力的であって当然だとおもう


(だいぶ前に撮ったパスタの写真がふと出てきたので、レモンも添えられてることだしここで使う)


しばらく泣いてばかりいた
泣いても泣いても止まらない涙のメカニズムが可笑しくって、不思議でたまらなくって、いたって冷静に「涙 出る理由」とか「涙 メカニズム」とかを検索していた日々だった

でも調べた結果なんてなにひとつ頭に残ってはいない

いいやつ、なんかになりたかったわけではない。いいやつなんかじゃなくてもいいから特別になりたかったとおもう
彼のことは、私の方がよく知っているんじゃないかとおもっていた

暖かい春の日に風を受ける長めの髪も、Tシャツの袖で汗を拭う少年っぽいところも、夕暮れが似合う猫背な後ろ姿も、冬が似合う優しいすべても、たぶんその時は私が一番知っていたとおもう

だけど、いまはもうわからない

彼がどんなふうに幸せに過ごしているかなんて、私にはこれっぽっちもわからない

たまに流れてくる美しくない噂と、たまに思い出す美しい横顔が頭の中をぐるぐるとかき乱しているのがわかる


2014年3月17日月曜日

マーガレット

月日が流れるのをおもうたびに、想像できてしまうような出来事がいままでいくつもあった
わかりたくなんかなくて、でももうとっくに気付いていて、前にも後ろにも進めなくて

生きていたらこんなこともあるのか、と想像していたよりも冷静に考えられるじぶんが不思議でたまらない
無限ではなくなってしまった可能性をなんとかその場にとどめていようとするじぶんがばかだとおもう


玄関先に飾ってあるマーガレットを一輪取って、花びらをちぎって恋を占ってみたり、あんまり意味のないようなことをして気を紛らわせたりしていた。

ちょっと地味なイメージが私の中ではあるけれどやっぱり可憐でかわいいマーガレットは少女っぽくてすきだ

夢のない話だけれど、マーガレットの花びらはほとんどが奇数で、好きからはじめれば好きで終わるから、恋はだいたい叶うことになっている

日常に必要のない、このからくりがしばらくは私を守ってくれるのだろうとおもう
そしていまの私はたぶんまだ、こんなくだらない恋占いでさえも、好き、からはじめてしまうのだろうとおもう
そんなじぶんが憎くて、もし戻れるのならば、なにをしてでも戻りたい過去があったことに気付く